織田信長 [織田信長]
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天文3年5月12日[1534年]に生まれる。幼名は吉法師[きちほうし]、幼い頃すでに父親の信秀より那古野[なごや]の城を与えられ、幼くして城主となる。
父親の信秀が死んだ後、家督を相続。
年少期は「うつけ者」と呼ばれ将来を心配されたが、次第に頭角を現す。
まず家内一門を取りまとめると一気に尾張を統一する。
その後、桶狭間の戦いにて今川義元を打ち破り天下統一の足がかりを掴む。
足利義昭を奉じて上洛を果たし、後には不仲になり終には追放する事になるが、義昭を15代将軍に就けるなど、その力は強大な物となっていく。
天下布武の印が指し示すとおり、逆らう対抗勢力を次々と武力にて撃破し天下統一事業を進めたが、あと一歩というところで家臣の明智光秀の謀反にあい本能寺で自害する。天正10年6月2日[1582年] 没
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