2008年06月05日

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戦国時代の大名達は武功を立てた家臣たちに恩賞として領土を与えていた。
それは織田信長も変わりなかったのだが、ある時期より信長は島国という日本の限りある土地の代わりに茶道具や茶湯開きの権利を与え始めた。
信長は茶の湯を非常に高尚で価値のある物と位置づける事を画策し、茶道具や茶湯開きの権利は土地よりもはるかに高価な物と配下の武将達に認識させる事に成功したのである。

信長自身も不住庵梅雪や堺商人の今井宗及などの影響で茶の湯に夢中になっており、当然、家臣たちもステータスとしての茶の湯に興味を抱く。
しかし勝手に茶会などを開いてはならないとし、許可制にした。これが信長のすごい所でもある。
何処に天下の名物ありと聞けば、所謂「名物狩り」と言われるように半ば強制的に召し上げた。条目まで発布しての事である。

信長も含め当時の武将達にとって如何に茶器の価値が高かったかが分かるエピソードを紹介してみる。

信長が上洛した頃(永禄11年 1568年 9月)、事実上 京都を支配していた大和 松永久秀は殆ど戦わずして信長に屈し、「九十九髪茄子 つくもかみなす」を献上し大和を安堵された。
また後に、久秀が信長に背いて信貴山城に篭った際、信長は「平蜘蛛茶釜 ひらぐものちゃがま」を差し出せば命は助けるとしたが、久秀はこれを拒絶し平蜘蛛茶釜に爆薬を仕掛けて爆死した。以前より信長が強く平蜘蛛茶釜を所望していたと知っての事である。
単に腹や首を切るだけならば、死んだ後に平蜘蛛茶釜を信長にとられてしまう。それならばと火薬を詰めて茶釜もろとも粉々に爆死したのだった。こんな死に方は数ある戦国武将の中でも珍しい事だろう。如何に松永久秀が平蜘蛛茶釜に拘っていて、憎き信長に渡したくなかったのが分かる。

何れも茶器が大和一国や命に同等として扱われているのは驚愕すべき事実だ。

また、信長が甲斐 武田勝頼を倒した時、勝頼を追い詰めたのは滝川一益だった。
一益は出陣前に信長より、手柄次第では「珠光小茄子 じゅこうこなす」を下賜する旨の口約束を取り付けていたので、当然、武田勝頼を討ち取ったからには「珠光小茄子」を褒美として貰えると思っていた。
しかし、信長からは上野国と信濃小県・佐久二郡が与えられ「関東八州の御警固」および「東国の儀御取次」を申し付けられた。関東管領のようなものである。

これに対し滝川一益は、喜ぶどころか知人 太郎五郎への書簡でこう嘆いている。
「今度 武田討果し候。自然希もこれ有るかと御尋も候はゞ、小なすびをと申し上ぐべき覚悟に候ところ、さはなく、遠国にをかせられ候条、茶の湯の冥加はつき候」
今回 武田氏を討った。信長公が望は何かとお尋ねになったならば、小茄子の茶入れをいただきたいと申し上げるつもりだった。ところがそれはなく、このような遠国に置かれてしまい、もはや茶の湯の冥加も尽き果てた。

本当に落胆している滝川一益の様子が目に浮かぶ手紙の内容である。

そして、中国遠征で快進撃を続ける羽柴秀吉は天正6年(1578)、信長より茶湯開きの許可を得る。天正9年(1581)には因幡鳥取城を陥れた武功に対し信長から感状を受けて茶道具12種の名物を下賜された。
後に秀吉はこれらの事を回想して、飛び上がらんばかりに喜んだと記している。

また柴田勝家も越前 加賀を平定し、天正9年(1581)2月に京都の馬揃えのため上洛した際、信長に名物の「姥口の釜」を所望したところ、思いがけず下賜され次の歌を詠んでいる。
「馴れ馴れて あかぬなじみの姥口を 人にすはせん事をしぞ思ふ」

名物の茶器ともなると、国を一国切り取らないと貰えなかったのだ。
これらのエピソードを顧みると如何に茶器に高い価値が付加されていたのかが分かる。
それにしても、現代人の感覚からすると国より高価な茶器など到底 想像も付かない事である。

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⇒参考 : 戦国時代の本 ⇒戦国時代掲示板


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かんりにん一言

日本の歴史至上で最も熱かった時代、それは戦国時代。 でも、こんな時代が本当にあったのだろうか? これだけの資料があるのだから、戦国時代ってのは本当にあったんだろうなぁ。 未だに半信半疑な気分でのめり込んでいます。

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